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三部屋から始まった
皆美館は島根県松江市末次本町14。宍道湖の湖畔に建っている。
創業の経緯を、宿は自分の言葉で書き残している。「明治二十一年五月、皆美家の当主『皆美清太郎』が『皆美』の屋号で湖水や山並みの絶景を活かした旅籠を開くことにした」。
開業当時の部屋数は、宍道湖畔の住居だった二階の三部屋だけだった。切り盛りしていたのは清太郎の妻ユキで、宿は「皆美の初期の基盤を築いた」「その行き届いた客への心遣いとおもてなしの精神が皆美の家風を築き今に引き継がれている」と書いている。
三部屋の旅籠が、19室の老舗になった。百四十年近くかかっている。
文人の名前が、並ぶ
この宿の来歴で目を引くのは、泊まった人の名前である。
宿が挙げているのは、芥川龍之介、河井寛次郎、高浜虚子、川端康成、岡本太郎、小泉八雲、里見弴、田山花袋、大町桂月、志賀直哉、武者小路実篤、佐藤春夫、内田百間、尾崎士郎。皇族の宿泊もあったとしている。
彼らが残した墨跡は、一階の「いにしえラウンジ古都里」に展示されている。玄関のギャラリーやフロントにも作品が飾られているという。
小泉八雲が松江の風景を書き残したことは、今の松江観光の芯になっている。その八雲が泊まった宿が、湖畔に今も建っている。
藤村が二泊延ばした部屋
文人のなかでも、島崎藤村については宿が詳しく書いている。
「昭和二年七月には、島崎藤村が令息と来泊、『山陰土産』に松江の風光の美しさ皆美館の居心地の良さを書かれ、三泊のご予定が五泊の滞在となり、帰り際に主の為にと『芭蕉の言葉』を揮毫して頂き今も床の間に飾り、記念の部屋として『藤村の間』と呼び、当時のまま保存している」。
三泊の予定が五泊になった。その具体性が、この宿の何を伝えているかを物語っている。揮毫された芭蕉の言葉は、今も床の間にある。
湖を借景にした庭
庭についても記録がある。樹齢300年の松があり、宍道湖を借景にした白砂青松の庭園だと楽天トラベルに載る宿の紹介文は書いている。
借景とは、庭の外の景色を庭の一部として取り込む手法だ。湖を庭の続きとして見せる。湖畔に建っているという立地を、庭の設計に組み込んでいる。
客室は19室。宿は「多くの文人墨客が愛した『ガーデンレイクビュースイートルーム』、宍道湖の眺望が自慢の『レイクビュースイートルーム』、宍道湖一望の展望風呂付客室や離れなど多彩なお部屋をご用意」と書き、「それぞれに表情の異なる19のお部屋は、どれも魅力」としている。
展望温泉風呂と、共用浴場
湯については、宿の記述がはっきりしている。
4階のレイクビュースイートルーム全4室に、宍道湖を一望できる展望温泉風呂が備わっている。部屋から湖を見ながら湯に浸かれる。
共用浴場もある。宿は「松江しんじ湖温泉のお湯を存分に楽しめる共用浴場。無色透明のさらりとしたお湯は『美肌の湯』としても知られ、檜の香りに癒される」と書き、そのうえで「共用浴場に露天風呂はございません」と明記している。
泉質は、源泉名が松江しんじ湖温泉、ナトリウム・カルシウム・硫酸塩・塩化物泉。無色透明で微塩味、弱い硫化水素臭。泉温は約77度。
湯を目当てに行く宿ではない。建物と庭と料理と、そこに積み重なった時間を見に行く宿である。
客のこころになりて亭主せよ
宿の社訓として掲げられている言葉がある。
「客のこころになりて 亭主せよ」。松江藩七代目藩主・松平不昧公が残した教えだ。不昧公は藩政改革を行った名君であり、茶人としても知られる。
宿は「創業の女将ユキの時代から引き継がれてきた、客への心遣いとおもてなしの精神を支える言葉であり、この言葉を社訓として今に引き継いでいる」と書いている。
同じ不昧公にゆかりがあるのが、家伝の「鯛めし」である。宿は「皆美館初代板前長の西村常太郎が家伝料理として考案し、以後、後進によって代々伝承されている逸品」とし、鰹本節ベースの出汁と鯛の上品な香りを挙げている。
松江を歩く拠点として
宿の場所は、松江の市街地のなかである。国宝松江城も、小泉八雲記念館も、堀川めぐりの舟も近い。
温泉街に泊まる感覚ではない。町なかの老舗旅館に泊まって、城と湖と八雲の町を歩く。湯はその日の終わりに使う。
宍道湖の夕日は松江でもっとも有名な景色だ。湖畔に建つ宿だから、日が落ちる時間に外へ出るだけで見られる。八雲がこよなく愛したという眺めを、彼が泊まった宿から見る。それがこの宿の使い方になる。
松江しんじ湖温泉 皆美館のよくある質問
Qいつからある宿ですか
宿はこう書いています。「明治二十一年五月、皆美家の当主『皆美清太郎』が『皆美』の屋号で湖水や山並みの絶景を活かした旅籠を開くことにした」。開業当時の部屋数は宍道湖畔の住居であった二階の三部屋だけで、切り盛りしていたのは清太郎の妻ユキだったとしています。
Q藤村の間とは何ですか
島崎藤村が泊まった部屋です。宿は「昭和二年七月には、島崎藤村が令息と来泊、『山陰土産』に松江の風光の美しさ皆美館の居心地の良さを書かれ、三泊のご予定が五泊の滞在となり、帰り際に主の為にと『芭蕉の言葉』を揮毫して頂き今も床の間に飾り、記念の部屋として『藤村の間』と呼び、当時のまま保存している」と書いています。
Qお風呂はどうなっていますか
共用浴場と、客室の展望温泉風呂があります。宿は共用浴場について「無色透明のさらりとしたお湯は『美肌の湯』としても知られ、檜の香りに癒される」とし、共用浴場に露天風呂はないと明記しています。4階のレイクビュースイートルーム全4室には、宍道湖を一望できる展望温泉風呂が備わっています。
Q泉質を教えてください
宿が公表している内容では、源泉名は松江しんじ湖温泉、泉質はナトリウム・カルシウム・硫酸塩・塩化物泉(無色透明微塩味、弱硫化水素臭)、泉温は約77度です。効能として神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、冷え性、関節のこわばり、打ち身、くじき、慢性婦人病、動脈硬化症などを挙げていますが、効き方は人によるので気になることは医師に確かめてください。
Q鯛めしというのは何ですか
この宿の家伝料理です。宿は「松江七代目藩主、松平不昧公ゆかりの皆美家伝『鯛めし』。皆美館初代板前長の西村常太郎が家伝料理として考案し、以後、後進によって代々伝承されている逸品」と書いています。鰹本節ベースの出汁で食べる鯛の料理です。
似た条件の宿
この宿と共通する条件を持つ、別の温泉地の宿です。並びは共通する条件の数で、順位ではありません。

山代温泉 あらや滔々庵
石川県加賀藩主の指定宿を代々務めてきた宿。北大路魯山人が滞在した部屋が残り、九谷焼と加賀の食が重なる。

箱根湯本温泉 萬翠楼福住
神奈川県旅館建築として国の重要文化財に指定された数少ない宿。明治期の擬洋風建築が、今も客室として使われている。

岩瀬湯本温泉 ひのき風呂の宿 分家
福島県天保12年(1841年)創業と宿は書いている福島県岩瀬郡天栄村湯本居平7、茅葺き屋根の古民家をそのまま使う小さな宿。宿は天保12年創業、築150年の古民家と書く。風呂は男女別の総ひのき風呂で、湯は掛け流しの塩化物泉。客室は趣の異なる4室と公式は案内する。里山の食材を使う料理を出す。JR新白河駅から予約制のバスで約50分、東北自動車道の白河ICか須賀川ICから車で約50分。
※ 料金・空室・設備・営業状況は変わります。当サイトが掲載しているのは創業年や建築など変わりにくい情報のみです。 最新の情報は予約サイト、または公式サイトでご確認ください。
