
あまみ温泉 南天苑
大阪府1935年に堺の「潮湯家族湯」を移築、1949年に南天苑として創業大阪府河内長野市天見、渓流沿いの一軒宿。木造数寄屋造りの本館は東京駅を設計した辰野金吾の作で、2003年に国の登録有形文化財に指定された。三千坪の日本庭園があり、春は桜、夏は蛍、秋は紅葉、冬は実南天。湯は天然ラジウム泉。1日1組の露天風呂付客室「清流亭」がある。南海高野線の天見駅から徒歩1分、なんばから急行40分。
文化財に登録された建物や、江戸・明治から続く建築を持つ宿。建物そのものが泊まる理由になります。
古い木造建築のため、部屋の造りや設備は現代のホテルと異なります。それを不便と取るか、当時の空間に泊まれる価値と取るかで評価が分かれます。
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大阪府河内長野市天見、渓流沿いの一軒宿。木造数寄屋造りの本館は東京駅を設計した辰野金吾の作で、2003年に国の登録有形文化財に指定された。三千坪の日本庭園があり、春は桜、夏は蛍、秋は紅葉、冬は実南天。湯は天然ラジウム泉。1日1組の露天風呂付客室「清流亭」がある。南海高野線の天見駅から徒歩1分、なんばから急行40分。

寛永4年(1627年)に金刀比羅宮の参道沿いに旅籠屋として創業し、明治38年に全室離れの料理旅館として開業した宿。回遊式庭園に数寄屋造りの離れが3棟点在し、森鴎外が泊まった「延寿閣」、北原白秋が泊まった「泉亭」、丸亀藩主の茶室を移築した「長生殿」がある。全40室。単純弱放射能冷鉱泉の大浴場と露天、貸切露天2つ、露天風呂付き客室を持つ。

開湯と同じ718年の創業を伝える、世界最古級の宿として知られてきた粟津の旅館。離れの「延命閣」と「新春の館」は国の登録有形文化財。41室、全室禁煙。

石段街に面して四百年以上続く宿。伊香保の代名詞である茶褐色の「黄金の湯」を、古くからの権利で引いている。

静岡県伊豆の国市、昭和4年に三菱財閥の岩崎久彌の別邸として建てられた宿。本館は平成29年6月28日に国の登録有形文化財に登録された。昭和63年には文化勲章を受けた建築家・村野藤吾が90歳を過ぎて設計した新館が開いている。京都の庭師・小川治兵衛が手がけた3,000坪の日本庭園の中に建ち、全室にかけ流しの温泉内湯が付く。泉質はアルカリ性単純泉で、宿はやわらかな感触で肌にしっとりなじむ湯だと書く。総部屋数30室。伊豆長岡駅から宿泊者限定の無料送迎シャトルがある。

外国人客のために建てられたクラシックホテル。国の登録有形文化財で、山小屋風の外観と重厚な内装を今に残す。

川端康成が『雪国』を執筆した宿。当時の「かすみの間」が保存され、宿泊者以外も見学できる。

立ったまま入る深さ1.25メートルの「白猿の湯」を持つ宿。総けやき造りの本館に四つの浴場があり、宿は源泉5本を加熱も加水も循環もせずに使うと書く。旅館部と自炊の湯治部が同じ建物にあり、湯治の形が今も生きている。32室。

鹿股川の川岸に露天風呂を持つ宿。八十八段の階段を下りた先に湯船があり、川面とほぼ同じ高さで湯に入る。

昭和2年(1927年)築、2018年に国の登録有形文化財となった木造旅館。川底から湧く湯をそのまま浴槽にした「鍵湯」は毎分247リットルの足元湧出で、加水・加温・循環なしと宿は明記する。大人だけを受け入れる小さな宿。

岐阜県高山市奥飛騨温泉郷一重ヶ根、新平湯温泉のほぼ中央に建つ宿。築二百年の百姓座敷は移築ではなく、実際に百姓座敷として使っていた建物をそのまま使っていると公式サイトは書く。日本源泉湯宿を守る会に提出した調査表では加水も加温も循環もなしと開示している。源泉は一重ケ根温泉1号泉、湧出地の泉温130度を低温泉と混ぜて調整している。貸切露天が二つ、24時間無料。

山の中腹に建つ昭和初期の木造建築。本館など複数の建物が国の登録有形文化財に登録されている。

清津川の谷、上信越高原国立公園に一軒だけ建つ「目の温泉」の宿。37度の源泉をかけ流す湯船と加温した42度の湯船を持ち、内湯4と露天3。江戸時代に目を患う者が多く訪れたと記録され、明治15年に湯守が目薬「快眼水」を発売した。木造2階建ての本棟は明治2年築、玄関棟は平成5年、離れは令和4年築で21室。南魚沼産コシヒカリを自家精米して炊く。大人の静養の宿で子供は原則遠慮。日本秘湯を守る会。日帰り入浴は11時から14時受付。越後湯沢駅からバス23分、バス停から送迎。

東京都檜原村数馬、茅葺きの兜造り(富士系合掌造り)の建物で営む旅館。数馬の落人伝説の里にあり、囲炉裏付きの客室がある。浴室付き客室では数馬の湯(アルカリ単純泉)を使えると宿は案内する。料理は季節の山菜を軸に、猪鍋、炭火焼き、鹿肉のしゃぶしゃぶといったジビエが選べる。武蔵五日市駅からバス1時間、終点から徒歩10分。

創業150年、昔ながらの木造三階建て、全館畳敷きの13室の旅籠。1300年続く山陰最古といわれる岩井の湯を、蛇口の水まですべて源泉かけ流しで使う。名物の「源泉長寿の湯」は直立しても胸まで浸かる深い浴槽で、湯底に敷いた松板の真下から湧く湯をそのまま使う。竹垣に囲まれた露天「背戸の湯」、大浴場「祝いの湯」、貸切「よいまち草」。日本秘湯を守る会の会員宿で、日帰り入浴を受ける。

江戸時代の庄屋屋敷を活かした「泊まれる料亭」。280年を経た建物に明治天皇が休んだ部屋を当時のまま残し、百年近い土蔵は登録有形文化財。将棋の棋聖戦や囲碁の十段戦の対局が行われてきた18室の宿で、岩室の黒湯を古代檜の内湯と露天風呂、源泉かけ流しの露天風呂付き客室で使う。

福島県岩瀬郡天栄村湯本居平7、茅葺き屋根の古民家をそのまま使う小さな宿。宿は天保12年創業、築150年の古民家と書く。風呂は男女別の総ひのき風呂で、湯は掛け流しの塩化物泉。客室は趣の異なる4室と公式は案内する。里山の食材を使う料理を出す。JR新白河駅から予約制のバスで約50分、東北自動車道の白河ICか須賀川ICから車で約50分。

本館が国の登録有形文化財に登録されている茅葺き屋根の湯宿。文化庁は明治1871年頃の木造2階建・寄棟造茅葺屋根とし、湯治場として知られる岩瀬湯本温泉の景観の核だと書く。源泉は49.2度、毎分69リットルの自然湧出。朝4時から入れる。

嬉野で最も古いとされる宿。日本三大美肌の湯を引き、シーボルトが訪れたという記録も伝わる。

由布院の別荘として建てられ、のちに旅館となった宿。由布院が歓楽街化を避けて今の姿を選んだ、その中心にあった。

吉野山の中千本、ささやきの小径の途中に建つ一軒宿。約300年前に開湯し「吉野の隠し湯」と呼ばれた湯を、赤みを帯びた単純二酸化炭素冷鉱泉の源泉100%で内湯に使う。明治26年、22歳の島崎藤村が桜の時期に逗留した部屋が当時のまま残り、俳人稲畑汀子の句碑が建つ。斜面を利用した吉野建ての建物に和室6室、全室禁煙で、1人での宿泊は受けない。松茸会席とぼたん鍋の季節限定プラン。吉野駅から徒歩20分、送迎あり。

大正6年に大庄屋・小山田家の12代当主が建てた屋敷をそのまま宿にした、国登録有形文化財の7室。千鳥破風と唐破風を重ねた玄関、16メートルの秋田杉の一枚板の廊下、鹿鳴館風の階段室。平成20年に敷地内で掘り当てた含よう素-ナトリウム-塩化物強塩温泉を、加水・加温なしで檜の大浴場と、樹齢380年の樅の木を望む総檜の貸切露天二つにかけ流す。雄物川のモクズガニの川蟹料理。中学生以上、車椅子は不可。日帰りは檜風呂のみ。峰吉川駅から送迎、秋田空港から16分。

「龍宮の湯」と呼ばれる広大な混浴大露天風呂を持つ。明治元年から続く、玉造を代表する老舗。

広沢寺温泉の一軒宿で19室。昭和初期に建てられた純日本風の木造2階建ての本館が残り、ドラマの撮影にも使われる。敷地内に強アルカリの源泉があり、男湯の露天風呂は丹沢の渓流をイメージした浴槽。名物は猪鍋。本厚木駅からバスと徒歩で50分ほど。

福島県西白河郡西郷村、阿武隈川の上流の谷に建つ全16室の一軒宿。日本秘湯を守る会の会員で、日光国立公園の中にある。白河藩主の松平定信が愛した湯で、定信の別荘だった建物を離れとして使い、西郷村の重要文化財として守られている。看板の大岩風呂は縦5メートル、横15メートル、深さ最大1.2メートル。鳥居の湯口から44〜45度の湯が流れ、岩盤の足元からは31〜34度の湯が自噴する。二本の源泉とも加水・加温なしの源泉かけ流し。

明治元年創業。当時のままの茅葺きの湯小屋が敷地に残り、乳白色の硫黄泉が自然湧出で注がれる。

加賀藩主の指定宿を代々務めてきた宿。北大路魯山人が滞在した部屋が残り、九谷焼と加賀の食が重なる。

八甲田の山中に一軒だけ建つ湯治宿。総ヒバ造りの千人風呂と、今も残る湯治部が、三百年続いてきた使われ方を伝える。

十五棟が国の登録有形文化財に登録された、日本画家たちが滞在した宿。桂川のほとりに明治からの建築が並ぶ。

秋田県湯沢市秋の宮字殿上1、役内川の河畔に建つ一軒宿。源泉は宿の目の前の河原にある。明治18年に女性の手で開かれた湯治宿で、現在は五代目。1950年代前半の改修に建築家の白井晟一が関わり、特別室「鷹の間」や階段の手すりに意匠が残る。浴場は大浴場、内湯、混浴半露天、女性専用半露天、河原野天風呂など。日本秘湯を守る会の会員宿で、毎週水曜日と冬季は休館する。

伊達政宗の湯守を代々務めてきた宿。名取川に面した露天風呂を持ち、「伝承千年の宿」を名乗る。

昭和11年に建てられた木造四階建ての斉月楼を持つ宿。国の登録有形文化財で、渋温泉の路地に面して立つ。

島根県松江市末次本町14、宍道湖の湖畔に建つ全19室の老舗旅館。明治21年の創業で、芥川龍之介、川端康成、小泉八雲、志賀直哉ら多くの文人が滞在した。昭和2年に島崎藤村が泊まった部屋は「藤村の間」として当時のまま保存されている。樹齢300年の松と宍道湖を借景にした庭園を持つ。4階のレイクビュースイートルーム全4室には宍道湖を一望できる展望温泉風呂がある。家伝の「鯛めし」で知られる。

源泉100%の天然出湯を掛け流しで使う13室の宿。貸切露天風呂が二つあるが、営業は冬季1か所・夏季2か所。明治13年に入江長八が手掛けた漆喰こて絵の残る蔵座敷がある。伊豆半島ジオパークのジオガイドのいる宿。

昭和13年(1938年)築の木造三階建て本館が2005年に国の登録有形文化財となった旅館。日本秘湯を守る会の会員宿。自家源泉「鏡の湯」を浴場に、「鷹の湯」を家族風呂にかけ流していると掲げる。まつだい駅から送迎は1日1便。

城崎温泉の老舗。数寄屋造りの建物と庭を備え、外湯巡りの拠点として使える立地にある。

総檜づくりの古民家を使った6室の宿。露天3つと内湯2つ、合わせて5つの温泉を貸切でローテーションして無料で使える。大釜を湯船にした露天風呂があり、入口の木の鍵をかけて1時間、予約不要で入れる。バス停「禅通寺前」から徒歩2分。
深谷温泉の一軒宿で20室。寛政元年の創業で、大正6年に建てられた総檜造りの能舞台が残る。源泉は亜炭層を通って湧くため琥珀色をしており、泉質はナトリウム炭酸水素塩泉。金沢駅から車で20分。

相良藩の御典医だった安藤家の屋敷跡に、明治42年に料亭として創業した木造の宿。本館は昭和6年、別広間棟は大正2年、居間棟は明治21年の建築で、平成25年に国の登録有形文化財に登録された。司馬遼太郎が泊まった。源泉かけ流しの湯を貸切露天「離れの湯」三つと本館の貸切風呂で使う。15室。

宮城県柴田郡川崎町青根温泉1-1。伊達政宗が訪れた際に「この地忘れまじ」と名付けたと伝わる、仙台藩一門の湯治湯。川崎町は本館・離れ・門・蔵など計7棟が国の登録有形文化財と書く。土蔵の中に造られた蔵湯、木造建築と石風呂が調和する大湯など六つの湯屋があり、蔵湯と半露天の亥之輔の湯は貸切で使える。泉質は単純温泉、加水・加温なしの源泉かけ流し。全14室。日帰り入浴は受けていない。

現存する日本最古級の温泉宿建築とされる本館を持つ。四万川に架かる赤い橋と木造の建物が重なる姿が、この宿の顔になっている。

仙石原で最も古い宿のひとつ。大涌谷から引く白濁の硫黄泉を持ち、庭からススキの草原へ続く高原に建つ。
河内温泉の一軒宿で11室。1867年(慶応3年)の創業で、大正4年に建てられた総檜の大浴場「千人風呂」を持つ。奥行約20メートル、幅5メートル、最深部約1メートル。すべての風呂が自家源泉かけ流しで24時間入れる。蓮台寺駅から徒歩3分。

大阪相撲の十両力士だった玉椿関が引退後の大正12年に故郷の川棚で始めた宿。巡業の常宿として客室に横綱の名を付けながら増築を重ね、迷路のような木造建築のほぼ全体が2013年に国の登録有形文化財になった。今は1日4組限定で、24時間かけ流しの貸切風呂が大小2つ。火・水曜が定休。

津軽藩の本陣だったと掲げる浅虫の宿。浅虫温泉の湯本にあり、源泉かけ流しを掲げる。浅虫温泉駅から徒歩6分、予約制の無料送迎がある。

湯畑のほど近くに建つ老舗。白旗源泉を引き、湯守が湯の温度と状態を管理している。

蔵王温泉で最も古い宿のひとつ。享保元年から続き、強酸性の白濁湯を木造の浴室で受けている。

明治5年創業、国の登録有形文化財の宿。太宰治が静養した宿として『人間失格』にも登場すると宿は掲げる。大鰐温泉駅から徒歩12分、駐車場8台。

熊本県阿蘇郡南阿蘇村河陽、烏帽子岳の中腹にある一軒宿。200年を超える湯治場で、象徴は足元から湧く「すずめの湯」。加水も加温もせず、生まれたての湯にそのまま浸かる。2016年の熊本地震と2か月後の土石流災害で客室の約8割が壊滅したが、明治中期の本館を骨組みから復旧し、2019年に清風荘から青風荘.へ名を改めて再開した。すずめの湯は着衣入浴の混浴で、七つの「掟」が掲げられている。日帰り入浴は10時から17時、火曜定休。

南八甲田のブナの森に一軒だけ建つ、千年の秘湯を掲げる宿。源泉の上に浴槽を置き、湯船の底板から空気に触れていない湯が湧く「源泉湧き流し」の湯を「久安の湯」と「泉響の湯」で使う。1918年築の木造本館を今も玄関と客室に使い、大町桂月が本籍を移して没した宿として資料館を持つ。2022年に源泉かけ流しの半露天風呂付きの離れが3棟開いた。全35室。

乳頭温泉郷でもっとも古い宿。茅葺きの本陣が現存し、白濁した湯の露天風呂は雪の季節に一段と際立つ。

青木三山に囲まれた高楼の木造四階建て、国登録有形文化財の宿。前身は江戸以前から続く庄屋で、島崎藤村が若き日に逗留し「千曲川のスケッチ」に実名で登場する。pH9.6の無色透明の単純硫黄泉、41度のぬる湯を露天風呂と内湯、二つの貸切風呂に100%源泉かけ流しで使い、家族風呂は昔からの1号泉の39度。18室で、藤村が泊まった東館3階の「藤村の間」は建具と調度をほぼ当時のまま残し、浅間山まで見渡す。主人が山で採った松茸と山菜の会席。隣に共同浴場の有乳湯。上田駅からタクシー30分。

明治23年に塔之澤で創業した17室の宿。建物は登録有形文化財で、日本イコモス国内委員会の「日本の20世紀遺産20選」に箱根の大規模木造宿泊施設群のひとつとして選ばれている。松の幹をくり抜いた大丸風呂がある。箱根湯本駅から徒歩10分。

会津藩の保養所だった建物を引き継ぐ宿。木造の建物群が国の登録有形文化財に登録されている。

夏目漱石が最後の療養に滞在した宿。木造の建物は国の登録有形文化財で、当時の部屋が今も使われている。

江戸初期から続く湯田の老舗。幕末に長州の志士が浸かったと伝わる「維新の湯」が残る。山口市街の温泉地にあり、市内観光の拠点になる。

寛政年間から二百年以上続く湯田中の老舗。昭和28年に完成した純木造伽藍建築の大浴場「桃山風呂」は平成15年に国の登録有形文化財となった。三つの自家源泉から毎分253リットルの湯をかけ流し、庭園露天風呂と露天風呂付き客室にも引く。湯田中駅から徒歩7分。

道後温泉本館のすぐ近くに建つ老舗。夏目漱石や正岡子規が訪れたと伝わり、川の流れる庭園をもつ。

鹿の湯と同じ源泉を引く湯治宿。木造の階段を下りた先に、白濁の硫黄泉をたたえた浴室がある。

福井県三方上中郡若狭町気山、三方五湖の水月湖の岸に建つ一軒宿。百年以上前の合掌造りの古民家を移築した建物で、平成16年夏に全面リニューアルした。茅葺きの門をくぐると、ロビーの正面に湖が広がる。日本秘湯を守る会の会員。25室はすべて湖に面し、同じレイアウトの部屋はない。湯は単純弱放射能冷鉱泉で、宿が会に登録した情報では源泉温度15度、使用量は毎分15リットル、加温あり。浴槽は内湯2と露天2。水月湖は汽水湖で釣り客にも人気がある。

文化3年から続く熱海の老舗。江戸期に将軍へ献上された「御汲湯」の湯脈を引き、加水せずに使っている。

銀山温泉の象徴とされる木造三層の宿。大正10年築の本館は国の登録有形文化財に指定されている。和室15室。開業時からの元湯である洞窟風呂を貸切で使える。

白濁湯をたたえた大露天風呂で知られる山中の宿。湧出したままの温度で入れる、ぬるい源泉風呂を持つ。

江戸中期から昭和にかけて建てられた築約百年の本館と茅葺きの母屋を持つ、白布温泉の宿。約300年前に御影石を切り出して造った浴槽に源泉を滝のように落とす「湯滝風呂」が名物で、総ヒバ材の湯治場そのままの造り。シャワーもカランもなく、源泉58〜60度を山水で40〜41度に調整する。露天風呂はなく、貸切の家族風呂は予約不要。中学生以上のみ、一人専用の部屋がある。

旅館建築として国の重要文化財に指定された数少ない宿。明治期の擬洋風建築が、今も客室として使われている。

国の登録有形文化財に登録された明治期の木造建築。飯坂の高温の湯を、当時のままの浴室で受け止めている。

青森県黒石市温湯鶴泉、大正の建物をそのまま使う15室の宿。宿は源泉かけ流しの湯を天井の高いひのき風呂で楽しんでほしいと書く。温湯温泉の共同浴場のすぐ隣にあり、浅瀬石川のせせらぎが聞こえる。チェックインが14時から24時までと幅広い。黒石駅からバスで20分、東北道の黒石ICから10分。
本館「松軒楼」が国の登録有形文化財に登録されている宿。中庭から源泉が湧き、毎分29.3リットルの湯を掛け流しで使う。松本民芸家具とジャズ、蕎麦粉100%の生粉打ち蕎麦。2027年2月1日の宿泊から館内全域が禁煙になる。

美保関の割烹旅館。1908年に竣工し2004年に国の登録有形文化財に登録された本館を持つ。新館7階の展望大浴場から美保湾と大山を一望でき、屋上に地上30メートルの貸切露天風呂がある。日帰り入浴もできる。16室。

内風呂を持たない俵山温泉の湯治宿。江戸時代からの建物を増改築しながら使い続け、全8室はバス・トイレなし。外湯「町の湯」まで徒歩1分、「白猿の湯」まで徒歩4分。女将の手料理に俵山の山野草や薬草を使い、6畳の部屋は一人旅向けと宿は案内する。ロンリープラネットに紹介された宿。

明治11年(1878年)創業、日本初の本格的なリゾートホテルを掲げる箱根・宮ノ下のクラシックホテル。本館(1891年)、西洋館(1906年)、花御殿(1936年)が国の登録有形文化財で、約7,600坪の敷地に4棟120室。全室のバスルームに宮ノ下の源泉100%の温泉が引かれ、フォレスト・ウイング最上階のスパは循環式の内湯と半露天。チャップリンが滞在した本館の一室をコンセプトルームにした。

1836年に飛騨の清見村に建てられた間口11間半の大型民家・旧二村家を平成16年に母屋として移築した、囲炉裏の宿。地下300メートルの自家源泉「福の湯」(ナトリウム-炭酸水素塩泉)をクレ葺きの湯小屋の大浴場にかけ流し、平湯川のほとりの宿泊者専用露天「森の湯」は神岡鉱山の鉄釜を使った釜湯と巨石の岩湯が20時に男女入替。内湯付きの貸切露天が三つ。新潟の豪農屋敷を移した木庵など15室。薪の釜戸で焚く天日干しの有機コシヒカリと飛騨の食材を囲炉裏で。高山駅からバス75分。

昔の和風別荘の佇まいを残すと宿が掲げる、別府駅から徒歩8分の小さな温泉宿。駐車場8台。市街の中で古い建物に泊まれる。

三国峠の麓、法師温泉にただ一軒建つ宿。明治8年に岡村貢が湯小屋を整えて創業し、明治28年築の大浴場「法師乃湯」は浴槽の底の玉石の間から湯が湧く。本館・法師乃湯・別館の三棟が2006年に国の登録有形文化財となった。与謝野晶子、川端康成、若山牧水が滞在。フルムーンのポスターの湯。

共同浴場の大湯の前に建つ老舗。十三の外湯を無料で守り続けてきた村の中心に位置する。

八百年の歴史を持つとされる有馬の老舗。赤褐色の金泉を引き、谷に張り出した木造の建物が坂道に面して立つ。

江戸末期に石見の三隅の殿様の隠居用の別邸として建てられた、200年の木造三階建ての宿。明治維新後に振縄館の名で開業し、街の人が「三階さん」と呼んだことから三階旅館になった。戸袋と鬼瓦は当時のまま、一番古い欄間を玄関に飾り、3階の二部屋の格子は昔のもの。45.5度のアルカリ性単純温泉を5人の中浴場と3人の小浴場に引き、状況で男女別か家族風呂にする。露天はなく、御前湯とさつき湯、弥生湯の三つの外湯が徒歩圏。店主が浜田漁港で仕入れて包丁を握るノドグロと珍味の会席は1日2組限定。一人でも泊まれる。

明暦3年(1657年)に紀州藩主徳川頼宣の湯治のために建てられ、1999年に国の登録有形文化財となった龍神の古い宿。藩主が泊まった「御成りの間」が当時のまま残る。日本三美人の湯の温泉街にあり、紀伊田辺駅から龍神バスで75分。駐車場10台。
設備や受け入れ条件は変更されることがあります。予約の前に各宿の案内をご確認ください。