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玉造温泉の温泉街から少し入ると、塀の向こうに庭が広がっている。手入れされた木立の中に、湯だまりのようなものが見える。あれが龍宮の湯である。
庭のなかの湯
屋根がない。囲いもほとんどない。庭園のなかに巨大な湯船があるという形をしている。
湯は底から自然に湧いている。広いので、端まで歩いていくと湯の温度が少し変わる。周囲は木立で、風が吹くと葉の音がする。
混浴だが、湯浴み着を着て入る方式が取られており、女性専用の時間帯も設けられている。
露天風呂という言葉から想像するものとは規模が違う。湯に入っているというより、庭のなかにいるという感覚に近い。
千三百年前からの評判
玉造の湯は、奈良時代にはすでに文字になっていた。
『出雲国風土記』に、この湯は一度入れば見た目が美しくなり、二度入れば万病が治る、という趣旨の記述がある。日本最古の美肌の湯と呼ばれるのはこれによる。
泉質は硫酸塩泉と塩化物泉の性質を併せ持つ。保湿と保温の両方がはたらくため、湯上がりに肌がしっとりし、体も冷めにくい。千三百年前の評判が、成分の説明と噛み合っている珍しい例である。
玉湯川を歩く
宿を出ると玉湯川がある。両岸に桜並木が続き、川沿いに足湯が点在している。
勾玉をかたどった意匠があちこちに置かれている。この地が古代から勾玉の産地だったことにちなむ。温泉街の奥には玉作湯神社があり、願い石に叶い石を触れさせる作法が伝わる。
着くまで
温泉街の中は徒歩で完結する。玉湯川の両岸に宿が並び、川沿いに桜並木が続く。
出雲縁結び空港からも近い。山陰観光の宿泊拠点として、これ以上ない位置にある。
湯浴み着で入る
龍宮の湯は混浴の大露天風呂だが、湯浴み着を着て入る方式が取られている。
着衣で入れるので抵抗は小さくなる。混浴と聞いて敬遠する必要はない。運用は変わることがあるので、現地の案内に従いたい。
広い湯船なので、人がいても距離が取れる。庭のなかに湯船があるという構図そのものが、この宿の中心にある。
出雲を回る順
玉造の立地は、山陰観光の拠点としてほぼ理想的である。
出雲大社まで車でおよそ40分から1時間。松江城と宍道湖はさらに近い。
石の土地
玉造は勾玉の産地だった。近くで採れる青瑪瑙を加工する工房がこの地にあり、それが地名になった。
温泉街の奥に玉作湯神社がある。願い石と呼ばれる大きな石があり、授かった叶い石を触れさせて願いを込める作法が伝わる。
この宿を選ぶなら
明治元年創業。庭と露天風呂の規模を目的にする方に向く。
山陰観光の宿泊拠点として使いやすい位置にある。
似た条件の宿
この宿と共通する条件を持つ、別の温泉地の宿です。並びは共通する条件の数で、順位ではありません。

白骨温泉 泡の湯
長野県白濁湯をたたえた大露天風呂で知られる山中の宿。湧出したままの温度で入れる、ぬるい源泉風呂を持つ。

法師温泉 長寿館
群馬県1875年(明治8年)創業三国峠の麓、法師温泉にただ一軒建つ宿。明治8年に岡村貢が湯小屋を整えて創業し、明治28年築の大浴場「法師乃湯」は浴槽の底の玉石の間から湯が湧く。本館・法師乃湯・別館の三棟が2006年に国の登録有形文化財となった。与謝野晶子、川端康成、若山牧水が滞在。フルムーンのポスターの湯。

甲子温泉 旅館大黒屋
福島県福島県西白河郡西郷村、阿武隈川の上流の谷に建つ全16室の一軒宿。日本秘湯を守る会の会員で、日光国立公園の中にある。白河藩主の松平定信が愛した湯で、定信の別荘だった建物を離れとして使い、西郷村の重要文化財として守られている。看板の大岩風呂は縦5メートル、横15メートル、深さ最大1.2メートル。鳥居の湯口から44〜45度の湯が流れ、岩盤の足元からは31〜34度の湯が自噴する。二本の源泉とも加水・加温なしの源泉かけ流し。
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