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山代の温泉街は、共同浴場を真ん中に置き、その周りを旅館が円を描いて囲んでいる。この形を「湯の曲輪」という。あらや滔々庵は、その輪のなかに建つ。
藩主の指定宿
加賀藩主が山代を訪れる際の指定宿を、代々務めてきた家である。
殿様が来る前提で作られた宿には、その名残がある。通される順路、天井の高さ、庭の見え方。もてなしの型が建物に残っている。
魯山人がいた土地
北大路魯山人は若い頃この地に滞在した。旦那衆のもとで看板を彫り、九谷焼に触れ、後の仕事の下地を作った。
この宿にも魯山人ゆかりの部屋と作品が残る。器と食に関わる仕事をした人物が、なぜこの土地で育ったのか。山代に来て、九谷焼の窯元と食を見ると、その理由が分かる。
着くまで
JR北陸本線の加賀温泉駅からバスで15分ほど。大阪からは特急でおよそ2時間30分、東京からは北陸新幹線経由で3時間ほどになる。
温泉街は総湯を中心にまとまっており、徒歩で回れる。宿から下駄で総湯へ向かうという動線が、この町の設計そのものである。
金沢までは一時間ほど。兼六園や東茶屋街とあわせた行程も組める。
総湯と古総湯の使い分け
古総湯は明治期の共同浴場を復元した建物で、九谷焼のタイルが床と壁を覆い、窓にはステンドグラスが入る。ただし洗い場がない。石鹸もシャンプーも使えない。体を洗う場所ではなく、浸かるための場所として造られているからである。
加賀の三湯を比べる
山代、山中、片山津。いずれも加賀温泉駅からバスで行ける。
山代は町の構造そのものが見どころで、総湯を中心に旅館が円を描いて囲む。山中は鶴仙渓という渓谷に沿っており、歩く時間が長い。片山津は柴山潟に面していて、水面の眺めが中心になる。
日帰り入浴を使えば、一日で二つは回れる。冬は蟹の季節で、石川で獲れるズワイガニは加能ガニと呼ばれる。例年11月上旬に漁が解禁される。
この宿を選ぶなら
外湯と街歩きを軸にしたい方に向く。
加賀温泉駅からバスで15分ほど。山中温泉と片山津温泉を含めて加賀温泉郷と呼ばれ、いずれも同じ駅からバスで行ける。金沢までも一時間ほどである。
似た条件の宿
この宿と共通する条件を持つ、別の温泉地の宿です。並びは共通する条件の数で、順位ではありません。

箱根湯本温泉 萬翠楼福住
神奈川県旅館建築として国の重要文化財に指定された数少ない宿。明治期の擬洋風建築が、今も客室として使われている。

岩瀬湯本温泉 ひのき風呂の宿 分家
福島県天保12年(1841年)創業と宿は書いている福島県岩瀬郡天栄村湯本居平7、茅葺き屋根の古民家をそのまま使う小さな宿。宿は天保12年創業、築150年の古民家と書く。風呂は男女別の総ひのき風呂で、湯は掛け流しの塩化物泉。客室は趣の異なる4室と公式は案内する。里山の食材を使う料理を出す。JR新白河駅から予約制のバスで約50分、東北自動車道の白河ICか須賀川ICから車で約50分。

甲子温泉 旅館大黒屋
福島県福島県西白河郡西郷村、阿武隈川の上流の谷に建つ全16室の一軒宿。日本秘湯を守る会の会員で、日光国立公園の中にある。白河藩主の松平定信が愛した湯で、定信の別荘だった建物を離れとして使い、西郷村の重要文化財として守られている。看板の大岩風呂は縦5メートル、横15メートル、深さ最大1.2メートル。鳥居の湯口から44〜45度の湯が流れ、岩盤の足元からは31〜34度の湯が自噴する。二本の源泉とも加水・加温なしの源泉かけ流し。
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