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雲仙の温泉街に、山小屋のような木造の建物が建っている。昭和10年の開業で、国の登録有形文化財に登録されている。
外国人のために建てられた
明治から昭和にかけて、上海や香港に暮らす外国人が夏を避けて雲仙に来た。標高およそ700メートルの高原は、当時の彼らにとって数少ない避暑地だった。
このホテルはその客層のために建てられている。日光金谷ホテルや富士屋ホテルと並ぶ日本のクラシックホテルの一つに数えられる。
中に入ると、太い柱と梁が見える。暖炉がある。天井が高く、廊下の幅が広い。当時の意匠がそのまま残っていて、建物を見に来る価値がある。
雲仙が日本で最初に国立公園に指定された地域の一つになったのが1934年。その翌年に建てられた宿である。
地獄の直下から湧く湯
湯は雲仙地獄の直下から引いている。硫黄泉と酸性泉で、白濁し、硫黄の香りが強い。
酸性のため肌に刺激を感じることがある。銀製品は変色するので外して入ること。
宿から歩いて雲仙地獄へ行ける。木道の遊歩道が整備されていて、蒸気のなかを歩ける。一周はおよそ30分から1時間。
地獄に立つ十字架
雲仙地獄には重い歴史がある。
景勝地として歩くだけでは足りない場所だ。外国人向けの避暑地として栄えた歴史と、この記憶が、同じ土地に重なっている。
着くまで
長崎駅前や諫早駅からバスが運行している。山道を登るため所要時間は長く、本数も限られる。時刻表を先に確認したい。
温泉街は徒歩で回れる規模で、雲仙地獄も歩いて行ける。仁田峠へは車かバスになる。
仁田峠と普賢岳
温泉街から仁田峠へ登ると、雲仙岳の山並みが目の前に広がる。ロープウェイで妙見岳まで上がれば、島原半島と有明海まで見渡せる。
例年5月中旬から下旬、仁田峠から妙見岳にかけての斜面がミヤマキリシマで染まる。国の天然記念物に指定されており、この時期は道路が混雑する。
島原半島を回る
雲仙は島原半島の中央にある。どちらへ下りるかで、その先の行程が変わる。
東へ下れば島原に出る。島原城と武家屋敷が残り、湧水の町としても知られる。有明海をフェリーで渡れば熊本へ抜けられる。
西へ戻れば諫早、長崎方面になる。
一泊するなら、初日に地獄と温泉、翌日に仁田峠へ上がってから島原へ下りる行程が組める。
この宿を選ぶなら
建物を目的にする方に向く。
仁田峠へ登れば雲仙岳の山並みが広がる。例年5月中旬から下旬はミヤマキリシマ、10月下旬から11月上旬は紅葉。
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この宿と共通する条件を持つ、別の温泉地の宿です。並びは共通する条件の数で、順位ではありません。
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