湧いた湯が、そのまま浴槽に届くとは限りません。
源泉と浴槽のあいだで何が起きているかを知ると、同じ温泉地でも宿によって湯が違う理由が分かります。
何キロも引いてくる
宇奈月温泉には源泉がありません。
湯はおよそ7キロ上流の黒薙から、大正時代に敷かれた引湯管で山を越えて運ばれてきます。黒部峡谷の奥に人がまとまって泊まれる土地がなかったため、電源開発で入った鉄道を使って湯のほうを下流へ運びました。
長い距離を通るあいだに湯は澄みます。宇奈月の湯が透明度の高さで知られるのはこのためです。
引湯すれば温度は下がります。成分も、空気に触れることで変化するものがあります。同じ源泉でも、湧出地点と浴槽では別の状態になっています。
噴気から湯を作る
大涌谷は箱根火山の噴気地帯です。今も蒸気が上がっています。
ここでは蒸気に水を掛けて湯を作り、配管で仙石原や強羅へ送っています。造成温泉と呼ばれる方式です。
人の手が入っていますが、火山の直下から来ているという点ではその土地の湯です。白濁して硫黄の香りが立つのは、噴気の成分によります。
だから宿で湯が変わる
箱根の仙石原や強羅では、大涌谷から引いた造成泉を使う宿と、自家源泉の無色透明を使う宿が混在します。
同じ地区でも、体験する湯が別物になります。「箱根で白濁の硫黄泉に入りたい」という目的で来るなら、宿を決める段階で確認が要ります。写真では判断できません。
乳頭温泉郷は七軒がそれぞれ別の源泉を持ちます。白濁する硫黄泉から無色の湯まで、性格がはっきり分かれています。宿を選ぶことが、そのまま湯を選ぶことになります。
別府は市内に八つの温泉地があり、地区ごとに湯が違います。明礬の白濁硫黄泉、鉄輪の蒸気、海沿いの塩化物泉。「別府に泊まる」だけでは、どんな湯に入るかが決まりません。
熱すぎる湯を冷ます
源泉が高温すぎる場合、浴槽に届くまでに冷ます必要があります。
加水するのが最も簡単ですが、成分が薄まります。草津温泉では加水を避けるため、湯もみという方法が続いてきました。長い板で湯をかき混ぜて温度を下げます。熱乃湯で実演されているのは、この作業が唄と所作を伴う型になったものです。
那須湯本の鹿の湯では、41度から48度までの浴槽が段階的に並べてあります。これも演出ではありません。高温の源泉を加水せずに入れる温度まで落とす過程で、自然に複数の温度帯ができました。
配管の距離で冷ます方法もあります。湯を長く通せば、そのぶん温度が下がります。
湧出量が全部を決める
かけ流しが成り立つかどうかは、湧出量で決まります。
常に浴槽を満たせるだけの湧出がなければ、循環や加水に頼らざるを得ません。多くの温泉地が循環を併用しているのは、設備の都合というより湯量の制約によります。
草津温泉は自然湧出量が毎分4,000リットルを超えます。玉川温泉は一か所からの湧出量としては日本一とされ、毎分9,000リットルを超えます。この量があるから、薄めた浴槽と原液の浴槽を分けて用意できます。
湧出量は、湯の性格そのものより先に、その温泉地でできることを決めています。





