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那須湯本の斜面に建つ、湯治宿の面影を残した小さな宿である。
階段を下りた先の湯
浴室へは木造の階段を下りていく。
下りるほど硫黄の匂いが濃くなる。突き当りに浴室があり、白濁した湯が張られている。装飾のない簡素な造りで、湯そのものに向き合う場所である。
この宿は、共同浴場・鹿の湯と同じ源泉を引いている。単純酸性硫黄泉。酸性のため肌に刺激を感じることがあり、肌の弱い方は長湯を避けたほうがよい。銀製品は変色するので外して入ること。
那須温泉旅館協同組合のページは、この宿が鹿の湯と奥の沢の二つの源泉を100パーセントかけ流しで使っていると書いている。
殺生石
温泉街のすぐそばに殺生石がある。他の温泉地でいえば湯畑にあたる場所だが、こちらは草木の生えない岩場である。
硫化水素ガスが噴き出しており、近づいた生き物が命を落としたことから、九尾の狐が姿を変えたという伝説が生まれた。松尾芭蕉も『おくのほそ道』の途上でここを訪れている。
周囲は賽の河原と呼ばれ、無数の地蔵が並ぶ。硫黄の匂いと、草の生えない斜面と、地蔵の列。温泉地の景色としては異質である。
ガスが出ているため、遊歩道から外れないこと。
着くまで
那須湯本には温泉街と呼べるほどの規模はない。硫黄の匂いのする坂道に宿が点在しているだけである。夜に出歩く場所を探すより、宿で過ごす前提で組むほうが合っている。
鹿の湯に入るとき
鹿の湯は宿ではない。日帰り専用の共同浴場である。
洗い場はない。シャンプーも石鹸も使えない。体を洗う場所ではなく、湯に浸かる場所である。
持ち物はタオルだけでよい。石鹸を持って行っても使う場所がない。
この宿を選ぶなら
湯そのものを目的にする方に向く。設備の快適さを求める宿ではない。
楽天トラベルでの取り扱いは確認できなかった。予約は宿へ直接になる。東京から那須塩原駅まで新幹線で70分、そこからバスで那須湯本へ。
似た条件の宿
この宿と共通する条件を持つ、別の温泉地の宿です。並びは共通する条件の数で、順位ではありません。

奥飛騨百姓座敷の宿 藤屋
岐阜県岐阜県高山市奥飛騨温泉郷一重ヶ根、新平湯温泉のほぼ中央に建つ宿。築二百年の百姓座敷は移築ではなく、実際に百姓座敷として使っていた建物をそのまま使っていると公式サイトは書く。日本源泉湯宿を守る会に提出した調査表では加水も加温も循環もなしと開示している。源泉は一重ケ根温泉1号泉、湧出地の泉温130度を低温泉と混ぜて調整している。貸切露天が二つ、24時間無料。

強首温泉 樅峰苑
秋田県大正6年(1917年)築の小山田家邸宅、昭和41年(1966年)から宿大正6年に大庄屋・小山田家の12代当主が建てた屋敷をそのまま宿にした、国登録有形文化財の7室。千鳥破風と唐破風を重ねた玄関、16メートルの秋田杉の一枚板の廊下、鹿鳴館風の階段室。平成20年に敷地内で掘り当てた含よう素-ナトリウム-塩化物強塩温泉を、加水・加温なしで檜の大浴場と、樹齢380年の樅の木を望む総檜の貸切露天二つにかけ流す。雄物川のモクズガニの川蟹料理。中学生以上、車椅子は不可。日帰りは檜風呂のみ。峰吉川駅から送迎、秋田空港から16分。

秋の宮温泉郷 鷹の湯温泉
秋田県明治18年(1885年)に初代・小山田秀が湯治宿を開いたと宿は書いている秋田県湯沢市秋の宮字殿上1、役内川の河畔に建つ一軒宿。源泉は宿の目の前の河原にある。明治18年に女性の手で開かれた湯治宿で、現在は五代目。1950年代前半の改修に建築家の白井晟一が関わり、特別室「鷹の間」や階段の手すりに意匠が残る。浴場は大浴場、内湯、混浴半露天、女性専用半露天、河原野天風呂など。日本秘湯を守る会の会員宿で、毎週水曜日と冬季は休館する。
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