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Aomori — Onsen Area
温湯温泉(青森県)の風景

Photo: Soica2001 (talk) / Public domain via Wikimedia Commons

Nuruyu Onsen

温湯温泉

ぬるゆおんせん

青森県黒石市、浅瀬石川沿いにある黒石温泉郷の玄関口。共同浴場のまわりに「客舎」と呼ばれる宿が並び、自炊しながら二週間ほど滞在する湯治客で賑わった。今も客舎が残る数少ない温泉地。傷ついた鶴が湯浴びして飛び立ったという伝えから「鶴の湯」とも呼ばれる。津軽こけしの産地でもある。黒石駅からバスで20分。

Quality
塩化物泉
Access
弘南鉄道 黒石駅(バス約20分)/東北道 黒石IC(車約10分)
From Tokyo
約5時間
From Osaka
約7時間
Temp
52 ℃

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温湯温泉の宿を見る(2軒)

客舎という泊まり方

温湯温泉は青森県黒石市、浅瀬石川沿いにある。黒石温泉郷の玄関口にあたる。

この温泉地を他と分けているのは、宿の形である。

公益財団法人日本交通公社の全国観光資源台帳は、こう書いている。「昔は湯治主体の温泉で、浴場の周りには客舎と呼ばれる宿があり、自炊しながら2週間ぐらい滞在する湯治客で溢れ、集落内には商店、魚屋、下駄屋、こけし屋、あけびづる細工の籠屋、製材所、映画館まであった」。

客舎は内湯を持たない。湯は真ん中の共同浴場に入りに行く。食事は自分で作る。だから魚屋も商店も要る。

津軽の湯治は長くこの形だった。今はほとんど残っていない。温湯はそれが残っている数少ない場所である。

減っていく客舎

ただし、今の姿は昔のままではない。

同じ台帳はこう続けている。「今は湯治客も客舎も減り、客舎の跡地に車で訪れる入浴者用の駐車場が3か所設けられている。観光で訪れる人はレトロな街並みをカメラに収めている」。

二週間泊まる人がいなくなり、建物が減り、その跡地が駐車場になった。

残った町並みを写真に撮りに来る人がいる、というところまで書いてある。観光資源の記述としては率直だ。

残っている客舎は数軒である。

鶴が七日で飛び立った

開湯の伝えは鶴の話だ。

黒石市の松の湯交流館はこう書いている。「400年以上前、神山右仲という人物が浅瀬石川の川辺に生えている葦原に傷ついた1羽の鶴を見つけました。鶴は湯浴びを続け7日後に回復し飛び立った事から不思議に思い、近づいてみると源泉が湧き出るのを見つけたと伝えられています」。

七日、という日数まで入っている。以来「鶴泉」「鶴羽立」などと呼ばれ、湯治客で賑わうようになった。

日本交通公社の台帳は450年以上前とし、鶴羽立(つるはだて)がのちに熱後湯(ぬるゆ)となり、ぬくもりを長く保つことから「温湯」、別名「鶴の湯」と呼ばれるようになったと書く。

年数に幅があるのは、伝えだからだろう。

ぬるい湯ではない

「温湯」と書いて「ぬるゆ」と読む。ぬるい湯だと思われやすいが、そうではない。

松の湯交流館は源泉温度を52から57度とする。共同浴場の浴槽は熱い湯が43.5度、温い湯が41.5度。熱い部類だ。

名前の由来として、松の湯交流館は別の説明を載せている。「1624年には花山院忠長(江戸時代に津軽に配された京都の公家)が入湯。その効用に絶賛し、温もりも長く保つ特徴から温湯と名づけたと言います」。

温もりが長く続く湯、という意味である。

泉質は塩化物泉(低張性弱アルカリ性高温泉)。塩分を含むので湯冷めしにくい。名前の由来と分析値が一致している。

番付に載った温泉地

松の湯交流館は、江戸時代の記録も引いている。

「江戸時代後期1817年に書かれたとされる“温泉番付”(日本を東と西にエリアを分けて相撲の番付風に格付けされたもの)では、温湯温泉は東エリアの前頭にランクインしています」。

前頭は横綱、大関、関脇、小結に続く位である。

日本交通公社はさらに、1860年(万延元年)の「津軽道中譚」から一文を引いている。「三味太鼓の声所々に聞こえ………殆ど世外の一温泉地なるべし」。

1885年(明治18年)には内務省の日本の名湯に選ばれた。

記録が残っている温泉地である。

共同浴場と、牛の祭り

今の共同浴場「鶴の名湯 温湯温泉」は2001年(平成13年)にできた。それ以前の共同浴場は1917年(大正6年)の完成だから、八十年以上使われたことになる。

建物面積は433平方メートル。熱い湯と温い湯の二つの浴槽がある。営業は朝5時から夜10時まで。

毎年7月下旬には「丑湯まつり」がある。温泉に御神体の牛の木像を入れて無病息災を願う行事だと日本交通公社は書いている。

湯に木像を入れる祭りというのは、あまり聞かない。

着くまで

弘南鉄道の黒石駅からバスで20分ほど。東北自動車道の黒石ICからは車で10分ほど。

黒石温泉郷は温湯、落合、板留、青荷の四つ。温湯はいちばん手前で、いちばん奥が青荷になる。

黒石の市街地には中町のこみせ通りがあり、国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれている。こけしの工房もこの一帯にある。

弘前市街へも車で30分ほど。津軽を回る途中に一泊を入れやすい位置にある。

Day Trip

温湯温泉の日帰り入浴

  • 黒石市中町のこみせ通り
  • 津軽こけし館
  • 青荷温泉

黒石温泉郷は温湯、落合、板留、青荷の四つ。温湯はその玄関口にあたる。

受付時間・定休日・料金は施設ごとに異なり、変更されることもあります。 お出かけの前に各施設の案内をご確認ください。

Data

温泉地カルテ

Temperature

52℃高温泉

2060100℃

Best Season

秋・冬

春夏秋冬
Benefits
胃腸病リウマチ運動機能障害
所在地Location
青森県
泉質Spring Quality
塩化物泉
最寄駅Nearest Station
弘南鉄道 黒石駅(バス約20分)/東北道 黒石IC(車約10分)
東京からFrom Tokyo
約5時間
大阪からFrom Osaka
約7時間

※ 泉質・泉温・pH は代表的な源泉の値です。施設ごとに異なる場合があります。 効能は泉質の一般的な適応症であり、効果を保証するものではありません。

FAQ

温湯温泉のよくある質問

Q客舎とは何ですか
A

内湯を持たない宿のことです。日本交通公社の全国観光資源台帳は「浴場の周りには客舎と呼ばれる宿があり、自炊しながら2週間ぐらい滞在する湯治客で溢れ」と書いています。湯は共同浴場に入りに行き、食事は自分で作る。津軽の湯治の形で、温湯にはそれが今も残っています。

Q開湯の伝えを教えてください
A

鶴の話です。黒石市の松の湯交流館は「400年以上前、神山右仲という人物が浅瀬石川の川辺に生えている葦原に傷ついた1羽の鶴を見つけました。鶴は湯浴びを続け7日後に回復し飛び立った事から不思議に思い、近づいてみると源泉が湧き出るのを見つけた」としています。日本交通公社は450年以上前とします。以来「鶴泉」「鶴羽立」などと呼ばれました。

Q温湯という名前の由来は何ですか
A

二つの説明があります。黒石市の松の湯交流館は「1624年には花山院忠長(江戸時代に津軽に配された京都の公家)が入湯。その効用に絶賛し、温もりも長く保つ特徴から温湯と名づけたと言います」と書いています。日本交通公社は鶴羽立(つるはだて)がのちに熱後湯(ぬるゆ)となり、ぬくもりを長く保つことから「温湯」になったとしています。ぬるい湯という意味ではありません。

Q泉質と泉温を教えてください
A

黒石市の松の湯交流館は源泉温度52から57度、泉質を塩化物泉(低張性弱アルカリ性高温泉)とし、効能として胃腸病、リウマチ、運動機能障害などを挙げています。熱い湯です。

Q共同浴場はありますか
A

あります。「鶴の名湯 温湯温泉」という共同浴場で、2001年(平成13年)に今の建物になりました。日本交通公社によれば建物面積433平方メートル、熱い湯43.5度と温い湯41.5度の二つの浴槽を持ちます。営業は朝5時から夜10時まで。共同浴場そのものは1917年(大正6年)に完成しています。

Qこけしが作られていると聞きました
A

温湯こけしという津軽系のこけしです。黒石温泉郷はこけしの産地として知られ、集落のなかに工房があります。日本交通公社の記述にも、かつての集落には商店や魚屋、下駄屋と並んでこけし屋があったとあります。

UPDATED 2026.09.29

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