「日本三名泉」という言い方をよく見かけます。誰が決めたものなのかは、あまり知られていません。
三名泉を言い出したのは林羅山
有馬温泉、草津温泉、下呂温泉。この三つです。
江戸初期の儒学者・林羅山が、漢詩のなかで日本の温泉のなかから摂津の有馬、上野の草津、飛騨の湯島(下呂)を挙げました。これが広まって定着しています。
国や自治体が制度として定めたものではありません。四百年近く前に一人の学者が書いたものが、今も三つの温泉地の看板に掲げられているということです。
下呂温泉では温泉街のあちこちにこの呼称が掲げられています。
三古湯には二つの説がある
古さで挙げられるのが三古湯ですが、こちらは説が分かれます。
『日本書紀』や『風土記』の記述に基づくとされるのが、有馬温泉、道後温泉、白浜温泉(南紀白浜)。
『延喜式神名帳』に基づくとされるのが、有馬温泉、道後温泉、いわき湯本温泉。
どちらの説でも有馬と道後は入ります。三つ目が分かれる形です。
有馬は両方に入っている
有馬温泉は、三名泉であり三古湯でもあります。
記紀に記述があるとされ、豊臣秀吉が繰り返し訪れたことでも知られます。海から離れた山中で塩分の濃い湯が湧くという地質の特異さもあり、古くから記録に残ってきました。
この呼称をどう受け取るか
三名泉も三古湯も、湯の質を網羅的に比べた結果ではありません。
当時の交通事情や知名度が反映されています。名前が挙がっていない温泉地に劣るところがあるという話ではない。
ただ、四百年前の人が何を良い湯と考えていたかを知る手がかりにはなります。有馬の濃い塩化物泉、草津の強酸性泉、下呂のなめらかなアルカリ性単純温泉。三つとも性格がはっきり違います。選ばれた三つを並べてみると、当時から湯の違いが分かって選ばれていたことが見えてきます。




